戦後70年を機に「先の大戦」の際の、「いわゆる従軍慰安婦」の問題が誤報や虚報が入り乱れて話題になっているが、この物語はそれに遡ること40年、日露戦争前夜の1903年から1911年までシンガポールに置かれていた娼館の話だ。宮本研の作品を伊藤大が演出し、綱島郷太郎が演じる日本から若い女性を連れて来る女衒(ぜげん)・巻多賀次郎と、シンガポールへ連れて来られた女性たちの物語だ。
「からゆき」とは、「唐」という字が充てられることから中国を想起させるが、「唐・天竺」などのように遥か外国をイメージさせる言葉で、ここではシンガポールやマレーシアなどの東南アジアを指す。そうした土地へ売られる女性たちは地形的な関係だろうか、長崎県の島原半島や熊本県の天草地方の人が多かったようだ。文化座が上演した『サンダカン八番娼館』もこの『からゆきさん』も、登場する女性は熊本の人が多く、シンガポールという異国の地に造られた日本人街で、熊本の方言が飛び交う。
多賀次郎は学問こそないものの、持ち前のバイタリティーで「お国のため」にと、自らがシンガポールへ渡り娼館を開き、貧しくて生活が立ち行かない女性たちをシンガポールへ連れて行き、娼婦として働かせる。その一方で、儲けた金を戦争のために、国威発揚のためにとせっせと日本へ送り、一時は地元でヒーロー扱いされるほどだ。しかし、日露戦争で勝利をおさめた日本は、「外国に娼館を置いておくのは国際的に体裁が悪い」と、多賀次郎をシンガポールから送還することにし、異国の地で辛酸をなめさせられた女性たちは多賀次郎を捨てて、自らの新天地を求めて旅立つ。
自らあるいは家族の生活のためとは言え、異国の地で売春をさせられた女性たちに、最後の最後に報復される多賀次郎は、置いてきぼりを喰らい、自らが捨てた女たちに見事に「捨て返される」。渾身の力を込めて尽くしたはずの祖国からも裏切られ、シンガポールで一人自決を試みるが、死ねない。何とも皮肉な結末である。
この芝居を観て、「いくら100年以上前とは言え、そんなことをするのはけしからん」と一方的な、あるいは表層的な感情論のみで判断することはいかがなものか、と私は思う。乱暴な言い方をすれば、決して正当とは言えないまでも、需要と供給が成り立っていた「一つの形」であり、現在は、法律上は禁じられてはいてもなお堂々と行われていることは言うまでもない。むしろ、それが時により国への貢献ともなり、時には恥ともなる状況の中で振り回された人々の悲劇として観るべきだろう。また、こうした歴史的な事実を踏まえた上で現在の状況をどう考えるか、ということも必要だろう。
芝居について言えば、多賀次郎を演じる綱島郷太郎が、非常にエネルギッシュな芝居を見せる。一見、その場限りの思い付きのように見える行動だが、その瞬間の多賀次郎には微塵も嘘も迷いもないことが判り、魅力的なキャラクターである。芝居の最初の部分で、いささか過剰とも思えるアクションや台詞があったが、芝居の進行と共に不自然ではなくなる。芝居の中で、役者と役の魅力が重ね合せられて行ったからだろう。青年座を背負う立派な看板男優である。
一方、それを取り巻く女優陣も負けてはいない。他の作品でも取り上げられている「国」を演じた津田真澄が好演だ。シンガポールだけではなく、中国からロシアまで流れ、朝鮮人の夫を持つ身で、単身シンガポールへ渡って来た、世の中を知り尽くした「肝っ玉の太きおなご」を見事に演じた。夫が日本の軍隊に殺されたと聞き、身をよじって慟哭するシーンに胸を打たれる。
もっとも、こうした話は「国」一人の物ではなく、松熊つる松が演じる「福」も椿真由美が演じる「ミユキ」も、同様の物語を抱え、遥かな異国で生きている。どんなに過酷な目に遭おうとも、その地で生きて行かねばならない、しかもその手段が自分の身を売ることしかないのだ。彼女たちは、たとえどこで何をしようが、日本人として立派に生き抜き、時に陽気で明るく、前向きだ。シンガポールを追われることになっても、悲壮感が漂うのは多賀次郎のみで、女たちはどこにあるかは判らない新天地を目指してまた船に乗る。
作者・宮本研の硬骨的とも言える想いや言葉がぶつけられているかのようなこの作品、ぜひ若い観客に観てほしいものだ。芝居の中に書かれている事は、作者の空想や妄想で出来上がったドラマだけではなく、日本が歩んで来た歴史の一部なのだ、ということを認識しながら。
創立61年を迎えた青年座の底力を観る想いがする舞台だ。