男性ばかりの劇団「Studio Life」の創立30周年記念公演の第5弾である。萩尾望都の『トーマの心臓』、『訪問者』、それに朗読劇『湖畔にて』の3作の連鎖公演と銘打ち、2月24日からそれぞれの作品を上演している。「訪問者」は『トーマの心臓』の前段と言うべき作品で、オスカーという少年がドイツの全寮制の学校へ入るまでの、少年時代の物語だ。そこで描かれるのは、オスカーの出生の秘密であり、両親の過去、母親の死の真相である。タイトルの「訪問者」とは、一体誰を指すのだろうか。父親のグスタフにおける子供のオスカーか、グスタフの旧友で、今は高校の校長になったルドルフに対するオスカーなのか。どう解釈するかは観てのお楽しみ、だろう。
この劇団の座付き作者である倉田淳の脚色の巧さには定評があるところで、この作品も萩尾望都がマンガで描き出そうとした世界を立体的に立ち上げ、安心して観ていられる。創立者の河内喜一朗という精神的な支柱を2年前に喪ったのは大きな痛手だったが、もう一人の創立者・倉田淳と共に定めた方向性がぶれを見せることなく、残ったメンバーに伝わっている。その結果として劇団のカラーや方向性を崩すことなく公演を続けているのは何よりの供養だろう。
「Studio Life」の公演を初めて観た17,8年前は、イケメンの若い男性たちが女装をしたり、同性同士の耽美的な場面で多くの女性ファンを獲得していた感もあったが、当時のメンバーも「シニア」と呼ばれる古株になり、どんどん新しく若い役者が入って来た。しかし、歳月を経る一方で、見た目だけの問題ではなく、人物表現における内面的な深みや後輩の指導に回れるメンバーになった、というのはこの劇団の幸福である。
特に今回の『訪問者』は、シニアの楢原秀佳がオスカーの父親・グスタフを演じている。シニアとは言うものの以前とあまり変わった印象もないが、陰影と葛藤、鬱屈という負の感情が刻まれた役の体現は見事だ。この俳優が元来持っている「翳」が、役と巧く同化した結果だろう。息子のオスカーを演じる久保優二をはじめ、若手の俳優をグイグイと引っ張って行く力を見せた。笠原浩夫が、大学時代の友人であり、恋敵でもあるルドルフを演じ、河内亡き後、劇団の代表に就いた同じシニアの藤原啓児がいくつもの役を演じて回りを固めている。こういう形態が取れるのは劇団の良いところだ。30年を走り続けてきたことで、古典芸能のような、とは言わないまでも劇団の中に伝統や演技の継承が生まれる。大切なのは、これを古びさせることなく、次の世代、その次の世代へと続けていくことだ。
もう一作の『トーマの心臓』で、この二作はお互いを補完し合い、物語は決着をみる。まだ『トーマの心臓』を観ていないため、評価は避けるが、こうした上演の方法、たとえば歌舞伎の長い「通し狂言」を一日の昼夜に分けて上演するような感覚で、若い俳優陣が多くの役を演じ、稽古場や舞台で先輩と共に汗を流すことは、実体験に基づく教育でもある。芸の継承と言うと古典芸能を思い浮かべがちだが、30年の歴史を重ねた今、客席のファン層も変わりつつある。昔から応援を続けている人も多い一方、最近の若いファンも増えているようだ。多様な観客に対し、「新生 Studio Life」がどのような舞台を見せるのか。今後の課題と期待がないまぜになった舞台である。