美輪明宏がこの作品を初演したのは、約35年前の渋谷「ジァン・ジァン」だと言う。以降、博品館劇場、サンシャイン劇場、ルテアトル銀座とだんだん大きな劇場で回数を重ねて来た。私が最初にこの舞台を観たのは、1981年のサンシャイン劇場での舞台で、この時は二回の休憩を含め、上演時間が3時間だった。今回は、同様の形態で上演時間が3時間40分である。作・演出も美輪自らが行う中で、試行錯誤を繰り返し、内容がどんどん膨らんできた結果であろう。それでもなお、前回に観た舞台と比べると、ピアフの友人の部屋の場面がカットされていたりと、その時々に工夫がなされており、タイトルにも「美輪明宏版 愛の讃歌」と銘打ってある。いまだに現在進行形の舞台、というわけだ。

実在の人物の生涯を芝居で演じるには多くの困難がつきまとうが、やはり圧巻は、この物語の主人公であり、美輪自身が尊敬してやまぬエディット・ピアフの楽曲が聴けることだろう。「アコーディオン弾き」に始まり、「ミロール」「群衆」「バラ色の人生」「愛の讃歌」「水に流して」。ピアフの名曲の数々がよみがえり、ファンとしては歌と芝居と両方が楽しめる、というところだろう。ほとんど出づっぱりの舞台をこなす美輪明宏の元気さには驚嘆すべきものがあり、見事なものだ。

若い人々を中心に多くの支持を集め、半ば教祖の趣も出ているが、今までの美輪明宏という歌手であり俳優である「怪物」とも「巨人」とも言える人の歩みを35年近くにわたって観て来ていると、感慨深いものがある。必ずしも、今のように人気絶頂の時代ばかりが続いていたわけではない。しかし、何度も不死鳥のように甦り、女王の座を手にする姿は、ピアフの生涯に通じるものがあるとも言える。

ピアフの妹・シモーヌを演じているYOUが自然体で、姉・ピアフに関するまさに「無償の愛情」が感じられて、この舞台で一番の収穫だ。前回の2011年公演以来、二回目となるが、すっかり自分の役にしている感がある。美輪明宏のピアフは堂々たる大スターの風格が漂うが、各幕の交通整理をもう少し行えば、エピソードの羅列ではなく、人間・ピアフのドラマがより深まるだろう。

圧巻は二幕の幕切れ、恋人であるボクサー、マルセル・セルダンの死を知ったピアフが、心身共にボロボロの状態でパリのオランピア劇場で「愛の讃歌」を絶唱する場面が秀逸だ。美輪の科白の中には、ピアフの楽曲に対する想いや自分の人生観、「愛」に対する考え方などがふんだんに盛り込まれており、あえて「美輪明宏版」と銘打つ理由もここにあるのだ、と感じる。ピアフの生涯はいろいろな人の手によって何度も舞台化されており、多くの女優が演じて来た。しかし、この舞台はそれらのものとは一線を画している。シャンソン歌手で俳優という両方の立場を持つ美輪明宏という存在、そしてもはや知る人がだんだん少なくなるエディット・ピアフと時代を共にした、という点だろう。

わずか47歳という生涯で、普通の人の二倍も三倍にも相当する濃密な人生を生き切った稀代のシャンソン歌手、エディット・ピアフ。来年には生誕100年を迎える。