自発的なカーテンコールがしばらく鳴り止まない芝居を久しぶりで観たような気がする。その価値がある作品だった。今回が6演目になる『6週間のダンスレッスン』。主演の草笛光子は変わらずに回を重ねて来たが、相手役は3代目で、ダブル・・キャストだ。この日の相手は文学座の若手・星智也。たった2人だけの芝居だ。
フロリダの海が見えるマンションの14階に住むリリー・ハリソン(草笛)が「6週間の訪問個人レッスン」でダンスを学ぶことにした。現われたインストラクターのマイケル・ミネッティ(星)は、とてもではないがリリーが受け入れられるようなセンスや個性の持ち主ではなかった。しかし、レッスンを重ねるうちに、お互いの心の中に潜んでいるものが白日のもとにさらけ出される。レッスン初日に会って5分後には首になりかかっていたマイケルとリリーの間にあった反発は、やがて理解に変わり、共感となり、お互いをかけがえのないパートナーとして認め合うことになる…。今風に言えば「ハートフル」な芝居なのだが、何よりもまず「洒落て」いる。
各場面のタイトルがダンスにちなんで「スウィング」「タンゴ」「ワルツ」「フォックストロット」「チャチャチャ」「コンテンポラリーダンス」と名付けられ、舞台のセットも、良いものを過不足なく納めてある。先ごろ亡くなった朝倉摂による舞台美術で、まさに「王道」とも言うべきものだ。何よりも、6回の上演を重ねるだけあって、草笛光子が素晴らしい。真っ白な髪に場面ごとのドレスが映え、軽快なダンスの動きは、81歳になるとは思えない。今はアンチエイジング真っ盛りの時代で、誰でも若くなくてはいけないような風潮があるが、その中で美しく年を重ねることの魅力を感じさせる。もちろん、これだけの肉体を維持するには人知れず過酷な努力があってこそのものだが、その片鱗さえ感じさせない軽やかさは、「この芝居には草笛光子しかいない」と断言したプロデューサーの眼の良さだ。美しい日本語の表現に「残んの香」という。草笛光子の魅力は、まさに「残んの香」だ。それは、芝居の後半になって、自分の人生を語り始める構成が感じさせるのかもしれない。1950年に松竹歌劇団に入団以後、60年を超える芸歴の中で培われたものがいかに凄いものであるか、名優としてだけではなく、人生の先輩として生き生きとしている女性の姿が舞台の上にある。
マイケルの星智也。192センチの長身は舞台映えがし、姿の良さに登場した瞬間、客席からじわが来たのには驚いた。演技という面では草笛の胸を借りて、というところがあるのは仕方がないが、この機会に多くのものを吸収してほしい。芝居の前半で彼の人生のキーになる部分を早くに感じさせてしまうなどの違和感はあったが、観ているうちに、良いカップルに見えて来た。もう一人の斉藤直樹がこの役をどう演じているのか、比較してみたいところだ。
今の日本は、超高齢化による人口のバランス、先行き不安な時代での若者の絶望や虚無感など、多くの問題を抱えている。それは事実で、逃げようがない。しかし、何もかもお先真っ暗なわけではない。こういう素敵な年の重ね方もあれば、若者と高齢者の接し方もある。老人は若者に過去の自分やそのパートナーの姿を見出し、若者は年を重ねた人が経て来た喜びや哀しみを知る。これを、単に「芝居の中の話」と取るか、「自分には何ができるか」と取るかは観客次第だが、ぜひとも若い人々に見せたい、観てもらいたい芝居であることは間違いない。