落語に『死神』という噺がある。三遊亭圓朝が海外の話を落語化したものだと言うが、今でも高座に掛ける噺家が多い人気の噺だ。それを、現代にアレンジし、さらに和風のミュージカルに仕立てたのが今回の作品だ。

 流行らない葬儀屋が、気の強いおかみさんに怒鳴られているうちに、ふと自殺しようか、という気になる。しかし、どこからともなく現われた死神たちに誘われ、瀕死の病人を生き返らせる仕事をすることになった。おかげで、打って変わって大儲けが始まった。夫婦揃って景気よく豪遊をはじめたものの、助けた人たちは誰もがこの世の中では悪人ばかり。この人たちを助けたことが本当に正しかったのかどうか…。

 突き詰めてゆけば、人間の生と死を扱った哲学的かつ深遠なテーマになるが、そこを洒落のめした落語をもとにした作品で、しかも主演の葬儀屋が左とん平と来れば、どう考えてもコメディになる。改めて先人の遺した知恵の素晴らしさを感じるが、それをうまく換骨奪胎すれば、いかようにも現代に通じる普遍性があるということだ。この作品、実は映画監督の今村昌平のオペラ『死神』を原作にしたもので、音楽はいずみたく、今回の脚本は水谷龍二が書き、鵜山仁の演出によるものだ。驚くことに初演は今から40年以上前の1972年、主演は西村晃、可愛い死神に今陽子というメンバーである。その後、藤岡琢也、園田裕久が演じ、左とん平は四代目になる。合計で200ステージに近い回数を、上演時の状況に合わせて変えながら演じて来た作品だ。

 若い世代は知らないだろうが、左とん平は、1973年に「とん平のヘイ・ユウ・ブルース」が大ヒットし、一世を風靡した。こうしたミュージカルはお手の物とも言えるが、冒頭の曲などは、シャンソンのように聞こえ、年輪を重ねた役者の味わいというものが、こういう香気を漂わせるのか、と感心した。コメディに関してはいまさら何を言うまでもなく、臨機応変な芝居を見せるが、私がいつも高く評価するのは、「あざとくなく」「しつこくない」、自然な東京の喜劇の匂いを持っていることだ。これは、三木鶏郎が主宰していた「冗談工房」という一流の学校で若い時代に養われたものと、生来のセンスのなせる技、そして今までの積み重ねだろう。小劇場を中心とした作品では、『天切り松』に次いで長く上演できる作品を、このタイミングで得られたのは幸せなことだと言えよう。今年77歳だというが、年齢を感じさせない軽やかな動きと、長年の経験で培われた抽斗の多さが、役者の半生を物語っている。

 死神の平田愛咲は、『屋根の上のヴァイオリン弾き』や『レ・ミゼラブル』など、スケールの大きなミュージカル作品を経験しているが、こうした観客との距離感が近い芝居で得る物も大きいだろう。葬儀屋のおかみさん、タツを演じた藤森裕美が炸裂した面白い味を見せた。

 今の演劇界の状況の中で、大劇場と小劇場を自由に行き来できる柔軟性を持ったベテランがいる。このことは貴重だ。この芝居、完全に左とん平に持って行かれた感がある。それが好もしくあり、再演を待ちたい。