病院でも患者に「様」を付けて呼んだり、プライバシー保護のために入院病棟の部屋には名札を掲げない病院も出て来た。時代の流れとは言え、世の中も変われば変わるものだ。この芝居も、巷によくある「名医100人」のような話題かと思って客席に付いたら、そこへ行く以前の問題を喜劇にしたものだ。コメディ専門のテアトル・エコーの面目躍如とも言える舞台で、病院の格付け「ミシュラン」の調査員が潜入しているとの噂が、大きいとは言えない病院の中でドタバタの騒動を巻き起こす。面白い芝居だが、今の時代、事実だと言われてもおかしくないようなリアリティをも持っている。
作者の唐沢伊万里は、1962年生まれで、昨年の7月に、25年に亘るがんとの闘病に力尽き、この舞台を観ることなく世を去った。この作品は、もともとテアトル・エコーが募集している創作戯曲に2003年に応募したもので、最終選考にまで残った。翌年、『改訂版・病院ミシュラン』として、異例の再エントリーをし、佳作入選を勝ち得たものである。今回の舞台用に改稿も考えていたそうで、作者が並々ならぬ情熱を注いだ一本なのだ。それが成就できなかったのは無念だろうが、この作品も充分に面白い。作者の個人的な事情をつぶさに知るわけではないが、長年の闘病生活を送ったせいか、「病人」側の視点が非常に鋭く、リアルに描かれている。閉鎖され、ある意味での管理下に置かれた小さな「閉鎖社会」の中で巻き起こる人間模様。確かに、こうしたものはあるものだ、と短期間の入院ながら経験のある私にも頷ける部分は多い。尤も、入院せずとも医者にかかったことのない人は滅多にいるものではなく、観客のほとんどがどこかしらで「あるある」と頷けるような親近感が、不思議と嫌な感じではなく持てるのだ。
コメディに不可欠な要素はいくつもあるが、中でも「勘違い」と「すれ違い」は重要なウエイトを占める。この二つが、実に巧みに織り込まれ、伏線として張り巡らされているのが、この作品の魅力だ。登場人物も全部で11人、上演時間も休憩を挟んで約2時間と、小劇場の濃密な空間で見せる芝居としてはちょうど良い規模だ。そこに含まれているいささかのスパイスが小気味よく効いている。こうした作品を書ける力のある作家を喪った痛手は大きいが、この作品をよりブラッシュアップしてゆくことが、テアトル・エコーの仕事でもあり、作者への追悼でもあろう。
あり得ないほどの食欲を持ちながら、糖尿病で食事制限をされている設定の田中英樹が、持ち前の体格を活かして、パワフルでぶっきらぼうな中に見せる優しさが自然だ。また、入団3年目で、研究生ではあるが、今どきの若者のノリでのびのびとマイペースの芝居を見せる杜の万平に今後の可能性を感じる。この作品には、テアトル・エコーの大ベテランやスターは出ていない。しかし、芝居にテンポと熱気がある。芝居が上滑りする箇所もないではないが、それは今後、上演を繰り返してゆく中で解消されるべき問題だろう。何よりも「面白い舞台を創ろう」という役者の気持ちが伝わって来る。作者の唐沢伊万里も、泉下で微笑んでいることだろう。