多くの若者が、突拍子もないとは言いながらいろいろな夢を見ていた時代が、ついこの間までの日本にはあったような気がする。私の視界に入る若者たちがいささか元気をなくしているだけなのかも知れないが、今回、アミューズ・ミュージカルシアターで上演されている韓国ミュージカル「RUN TO YOU」には、ナイトクラブで働きながら音楽の世界でスターになりたい3人の若者の夢が語られている。かつての無謀で何も知らなかった頃の自分の姿を見るような想いでもある。ナイトクラブで働き、無断で寝泊りして練習を繰り返していた3人組が、社長にたたき出されるが、退職金代わりにもらったオーディションのチャンスで見事にデビューを果たす。しかし、「スターになる以上、恋愛は禁止」と、ジェミニと恋人の仲はだんだんに離れてゆく…。
主役のジェミンは人気グループ「超新星」のグァンスとゴニルのWキャスト、仲間のスチャンもキム・ヨンナムとチョ・ソンジェのWキャストだ。千秋楽間近のせいもあってか、リピーターのファンも多いようで、観客席の体温が非常に高い。昨年の上演に続いての再演ということもあり、舞台と観客席の距離感が近く、キャストも日本語の字幕の科白にはない日本語をポイントで挟み込み、サービスに努めている。ストーリーは複雑ではないが、テンポ良くいろいろな楽曲が盛り込まれており、観客席も大いに乗っている。他のミュージカルではなかなか見られない光景だ。
芝居とは、劇場にいる数時間を、日常とは違う世界を味わわせてくれるものだ。その非日常の時間が楽しいものであれば、帰ってから一週間は幸福でいられるだろう。不幸にしてつまらなければ、観客は損をした気分になる。どういうものが「幸福」を与えられるかは、幕を開けてみるまでは分からず、それが演劇を含めたエンタテインメントの難しいところだ。このシンプルな考え方が、何を第一の目的とするのか、最近の演劇界では判明しかねる歪な構造のまま幕を開けるケースが見られる。この舞台にエンタテインメントのすべてが詰まっている、とは言わない。しかし、この劇場には、少なくも「竹島問題」や「従軍慰安婦」の話題はない。それは、劇場にただよう空気感が物語っている。国同士が政治レベルでどういうやり取りをしようとも、演劇や音楽などの芸術は、国境のないものであり、不可侵なものでもある。こういう時代だからこそ、民間レベルでの交流手段の一つとして、韓国発のミュージカルをオリジナル・キャストで上演し続ける姿勢やよし、とすべきである。