名古屋・中日劇場の花形歌舞伎は、昼の部が市川猿之助の責任公演、夜が片岡愛之助の責任公演で、それぞれが自分の得意とする演目で競り合い、お互いにゲストの役どころで顔を出すという方式だ。贔屓の役者が決まっている場合はどちらかに比重がかかるが、昼も夜もわかりやすい演目が並ぶ。

 参考までに記しておくと、昼の部が市川右近の『操り三番叟』で幕を開け、市川猿之助が早替わりと宙乗りを盛り込んだ『雪之丞変化』を見せ、愛之助と右近が付き合う形だ。

 夜の部は、平成14年に大阪で初演された新作歌舞伎『新・八犬伝』に更に手を加え、平成25年に大阪・松竹座で再演された。今回は、それに更に手を加えての三演目となる。こうして、上演の折に練り上げ、手を加えてゆくのは、歌舞伎の新作としては理想的な方法だろう。

片岡愛之助が四役を早替わりし、宙乗りも見せる。幕開きの「口上」を猿之助が述べた後は、右近、市川男女蔵らがお馴染みの「八剣士」に扮し、滝沢馬琴の『南総里美八犬伝』を、テンポ感のある芝居で見せる。全六幕だが、休憩を抜いた上演時間は約3時間。その内の二幕で一時間半近く、というのは、このテンポの芝居ではややもたれる感じがあるが、後は若い出演者が入り乱れ、話も快調に進んでゆく。

 滝沢馬琴が完成までに28年の歳月を費やした『南総里美八犬伝』をベースに、『太平記』、上田秋成の『雨月物語』などを加え、愛之助は善悪入り乱れての大奮闘である。お家乗っ取りを企む扇谷定正、怨霊の崇徳院、浪人の網干左母次郎(あぼしさもじろう)、八剣士の一人・犬飼現八。役の個性がかなり違うので、どれも悪くはないが、崇徳院に意外な迫力を見せた。
 
 こうして、若い役者たちが歌舞伎の敷居を下げる発想で、歌舞伎らしさを失わない作品を次々に手掛けるのは良いことだ。中間層の良い役者たちをここ数年で喪った今、歌舞伎は非常に微妙な立場にいる。それを埋めるべく、各世代が努力を重ねているが、若手にはそのエネルギーが発露するような芝居を、現代の感覚を活かして演じる機会が必要だ。そればかりではなく、先輩たちと組んでキチンとした古典の作品を勉強する必要があることは言うまでもない。こうした機会を重ねて役者は伸びてゆくものだ。

 学問的な見地から云々されると困るが、この芝居を観ていて気付いたことがある。俗に、「三大怨霊」と言われる平将門、菅原道真、崇徳院。前の二人は他の作品で取り上げられる機会も多く、菅原道真は歌舞伎の三大名作『菅原伝授手習鑑』の主人公でもある。しかし、「崇徳院」を正面から歌舞伎の舞台に出したのは、恐らくこの作品が最初だろう。「恨みを呑んで」没し、怨霊と化した崇徳院など、芝居には格好の材料だったはずだが、身分が身分だけに、江戸時代もそれ以降も歌舞伎という芸能では取り上げ得なかったものだ。そこが面白い部分でもあった。

 いずれにしても、21世紀の歌舞伎が進むべき一つの方向性を、市川猿之助、片岡愛之助がそれぞれ主役を演じる芝居で示した公演になったことは間違いない。