先日、神楽坂の出版クラブ会館で、「第59回岸田國士戯曲賞」の授賞式が開催され、出席した。現代の読者には、「岸田國士」(きしだ・くにお)という人物の説明が必要になるだろう。
岸田 國士(1890年~1954年)は、劇作家・小説家・評論家・翻訳家・演出家。であると同時に、老舗劇団『文学座』の創立時のメンバーの一人であり、日本の現代演劇の発展に大きな足跡を遺した。女優の岸田今日子はその娘に当たる。64歳で、芝居の舞台稽古の最中に倒れ、翌日、急逝した。志半ばでの永眠は衝撃が大きく、没後『岸田國士全集』全10巻が出版された。
こうした偉大な劇作家の遺志を懸賞するために、1955年に「新劇戯曲賞」として第1回の選考が行われ、1979年には「岸田國士戯曲賞」と名前を変え、2015年まで第59回を数える、劇作家の登竜門である。小説の「芥川賞」「直木賞」に匹敵する戯曲の賞と言うことができるだろう。小説よりも遥かに需要の少ない「戯曲」の新作を絶やすことのないように、60年にわたって、こうした活動を続けていることは、演劇界の見識の一つと言えるだろう。
今までの歴代の受賞者の顔ぶれを眺めてみると、別役実、唐十郎、井上ひさし、つかこうへい、渡辺えり子、野田秀樹、横内謙介、平田オリザ、鴻上尚史、松尾スズキ、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、三谷幸喜、宮藤官九郎、蓬莱竜太など、現代の演劇シーンを牽引する劇作家が軒並み授賞していると言ってもよい。
今年の受賞作は山内ケンジの『トロワグロ』で、昨年のノミネートに続いて二回目で、歴代最高齢の56歳での授賞だと聞いた。作者は、11年前にCMディレクターから演劇の世界へ軸足を移し、今までに既に10年以上の劇作家としての経験を持っている。新人というわけではないが、今後の更なる活躍を期しての授賞でもある。
先ほど挙げた名前からもわかるように、白水社が続けている試みは、演劇界の良心とも言える。戯曲を出版しても性質上ベストセラーにはなりにくいものだが、日本の演劇界を「劇作家の発掘、ないしは養成」を基本に、評価するという派手ではない試みを着実に続けている、このことは評価されてしかるべきだ。
演劇において、「新作の払底」は常に深刻な問題だ。所詮は娯楽、と言い切りながらも、その中に「時代」や「人間」を切り取って描いたものがなければ、単なる言葉の羅列で終わってしまう。観客の共感を得、評価に繋げるために迎合する必要はないが、良質の作品は絶対に必要だ。
劇作家の収入がどの程度のものなのか、私は知らないが、キチンと評価され、仕事を続けていれば生活ができる職業にならねば、なかなか新人は育たない。育成に目を向けるところもあり、それは素晴らしいことだが、役者と同様に劇作家も育成には膨大な時間と手間がかかる。もっとも、この話題は私自身、つまり芝居の批評家にも言えることだ。役者になりたい人は大勢いる。しかし、舞台には立たずに演劇界で仕事をしている人々を、育てるのも演劇界の急務なのだ。