オーストリア発のミュージカルが完全に日本に定着し、『エリザベート』や『モーツァルト』などの作品が安定した人気を維持するようになって、日本のミュージカル・シーンは更に幅を広げた。この『エリザベート』の東宝版が日本で初演されたのが2000年の帝国劇場公演で、今年で16年目に入る。それ以前に、宝塚歌劇団で日本での初演を果たしている。今回も、6月13日から8月26日まで、約2か月半に及ぶ公演はほぼ完売に近い。最近のミュージカルでは当たり前になった、ダブル、トリプルのキャスティングで、同じ作品でも違った味わいが見られるのも人気の一つだろう。また、時代の移り変わりにより、メインキャストが変わり、過去のキャストとの比較もファンにとっては楽しみの一つだ。
今回の話題は、エリザベートを共に宝塚出身で、宝塚時代に『エリザベート』を演じた経験を持つ花總まり、蘭乃はなが演じ、黄泉の帝王・トートを最近進境著しい城田優、井上芳雄、皇太后ゾフィアを剣幸、香寿たつき、暗殺者・ルキーニを山崎育三郎、歌舞伎で人気の尾上松也、と新感覚のキャストを揃えたことだろう。
オーストリアの宮廷で起きる権力争いを描いたドラマは、「韓流」や日本のホーム・ドラマに根底で通じるものがあり、歴史に詳しくない観客でも、他の分野で下地ができていることも、この作品の人気の一つではないだろうか。豪華絢爛な宮廷の中で渦巻く人間模様が、現代に生きる我々とはそう遠くないところに共通点がある、というのは作品の理解には大きな助けになる。
私が観た日のキャストはエリザベートが蘭乃はな、トートが井上芳雄、皇太子ルドルフが古川雄大、皇太后が剣幸、ルキーニが尾上松也という顔ぶれである。話題は、2000年の上演の折に皇太子ルドルフでデビューした井上芳雄が、15年を経てトートを演じること、そして尾上松也が暗殺者・ルキーニを演じることだろうか。
井上芳雄は、この作品でデビュー後、『モーツァルト』、『二都物語』、『ダディ・ロング・レッグズ』などで着実にキャリアを重ね、まさに「満を持して」この役に臨んでいる感がある。結果を先に言えば、その期待に充分応え、一回りも二回りも逞しくなった演技力が抜群の存在感を示した。役者は成長し、その様子を見るのも観客の楽しみの一つで、井上芳雄はこの役で新たな境地を開いたと言える。
尾上松也の最近の人気の急上昇ぶりは目覚ましいものがあるが、この役に関して言えば、まだ根っ子の部分が掴み切れず、いささか表層的な表現に終始した感がある。東宝ミュージカルの中に歌舞伎役者として飛び込んで来るチャレンジ精神は、役者にとっては良い武者修行にもなる。これを次の舞台にどう活かせるか、が彼の課題だろう。
蘭乃はなのエリザベート。宝塚出身の女優にとっては、最も得意とする役どころの一つだろう。何よりも華々しい美しさが、タイトルロールのエリザベートに相応しい匂やかさを持っている。
新しいメンバー達が創り上げるこの作品が、今までとは違った味わいを持つだけではなく、15年の歳月を経て新しい発見をさせてくれることが、繰り返し上演されることの意味でもある。この作品は、過去の東宝ミュージカルのように、変化と脱皮を繰り返してゆくのだろう。それがどう変わるのか、今後を見届けることも必要だ。