この夏は海外のミステリアスな作品が流行るようだ。もはや温帯とは言えないこの気候では、国産よりも海外の方がスパイスが効いている、ということだろうか。2013年にウィーンでミュージカル化された同名のストレート・プレイの日本初演である。ドイツの架空の町・ギュレンは、工場の閉鎖などで失業者が溢れ、自治体そのものが倒産の危機に瀕している。他人事とは思えない話だ。そこへ、この町の出身で途方もない財を成して成功を収めたクレア(涼風真世)が一時帰って来る。ギュレンのお偉方は、この財政危機をクレアからの援助で凌ごうと考え、交渉の適任者として選ばれたのはクレアのかつての恋人・アルフレッド(山口祐一郎)だった。ホテルで開かれた歓迎会の席で、クレアはギュレンに対し、たった一つの条件付きで、20億ユーロという膨大な金額の寄付を申し出る。その条件とは、かつての恋人・アルフレッドの「死」だった…。
何とも突拍子もない展開だが、ミュージカル化される前の元の戯曲の骨格がしっかりとしており、人物が丁寧に描かれているだけに、観ていて違和感はない。むしろ、日本円にして2,000億円以上の対価を払って一人の人間を殺す、その復讐の理由は何か、ということに興味が湧く。昔の恋人に会って、ほのかな嬉しさを感じていたアルフレッドは、町で雑貨屋を経営し、真面目で誠実な人柄で評判も悪くなく、妻のマチルデ(春野寿美礼)や二人の子供と貧しいながらも幸せな家庭を築いていたのが、一転して地獄に突き落とされることになる。
かつての恋人とは言え、もう何十年も前の青春の想い出であり、自分の命と引き換えにされるほどの恨みを買っていたとは思えないアルフレッド。クレアの有り難いとは言え、余りにも非常識な提案に、自治体を預かる者として頑強に否定をする市長のマティアス(今井清隆)や校長のクラウス(石川禅)、警察署長のゲルハルト(今拓哉)、牧師のヨハネス(中山昇)らの有識者たち。
しかし、時が経つに連れて、多くの情報が判って来る。アルフレッドがクレアと別れた時には、子供がお腹におりアルフレッドのせいで流産をしたこと、町の工場が閉鎖されたのは、クレアが工場を買い取り、閉鎖に追い込んだこと。そして、銀行は貸付を再開し、人々はクレジットで物を買うことを始める。今までの抑圧から解放された市民の生活はいきなり派手になり、アルフレッドの息子まで車を乗り回す始末だ。そうなると、『人道的見地』からクレアの非常識な要求を拒否していた人々の考えが変わり始める。元はと言えば、町が潰れそうになったのは、アルフレッドがクレアに酷い仕打ちをしたことが原因で、その原因さえ解決されれば、町は発展するのだ、と…。アルフレッドが有罪なのか無罪なのか、過去の事件に対して、住民による審判がくだされる。その結果は…。
山口祐一郎、涼風真世、春野寿美礼の三人に加え、脇を固める今井清隆、今拓哉、石川禅など、いずれもミュージカルには定評がある人々だけに、舞台には抜群の安心感がある。もう一つ、一々名前を挙げることはしないが、アンサンブルが見事なまとまりを見せている。大掛かりなミュージカルも悪くはないが、手練れを集めてしっかり創った芝居の面白さが味わえる作品だ。ストーリー展開のテンポも良く、涼風真世のクレアが、不気味な味を見せ、今までに演じて来た役柄にはない魅力を見せた事は大きい。山口祐一郎の安定感もいつも通りで、やはりこの二人に追う部分は大きい。
シアタークリエは短期間でさまざまなジャンルの作品に挑戦しているが、久しぶりに再演に値する作品に出会ったような気がする。酷暑の中を出かけた甲斐があったと言うものだ。