今年は、戦後70年に当たる。何年の節目を迎えようとも、広島や長崎に原爆が落とされ、300万人にも及ぶ貴重な命が喪われた事実は変わらない。戦争を知る次第も高齢化が進み、後20年もしないうちに、戦争をリアリズムを持って語ることのできる日本人はいなくなってしまうだろう。それが歴史というものだ、と言えばそれまでだが、芝居の中に戦争の話題を扱った作品は多い。
今年の8月、偶然にも同じ日に同じ作品が違った場所で幕を開ける。『南の島に雪が降る』という芝居だ。一つは吉祥寺に本拠を構える劇団・前進座が三越劇場で行う公演、もう一つは中日劇場が制作する公演で、東京では浅草公会堂での上演だ。
『南の島に雪が降る』は、元・前進座の劇団員で、長門裕之・津川雅彦兄弟の叔父に当たる俳優の加東大介が、実際に経験した話を元に小説にし、それが好評ですぐに舞台化されたものだ。以降も、何度も舞台化や映画化され、人々の心に感動を与えている。
私が最初にこの作品に出会ったのは、1961年に最初に映画化された物を、日曜日の昼間にテレビで放送したものを、子供の頃に観たものだった。
今から考えれば、主人公の加東大介の役はそのままに、森繁久彌、三木のり平、伴淳三郎、西村晃、渥美清、小林桂樹、フランキー堺など、昭和の名優たちが顔を揃えた何とも豪華な配役だ。
戦争も末期の頃にニューギニア・マノクワリに招集された加東大介。物資の補給も途絶え、過酷な環境の中、栄養失調やマラリヤなどで戦友たちが死んでゆく。上官が何とか兵士たちを勇気づけようと、俳優である加東に、芝居を演じるように命じる。部隊には、脚本家や三味線弾き、衣装の職人らの舞台関係者もおり、みんなの協力でマノクワリにヤシの葉などで屋根を作って仮設の劇場「マノクワリ歌舞伎座」を建てる。
あり合わせの材料でにわか拵えながら、女形も登場し、和服に身を包み、お白粉を塗った珍妙な役者たちに、兵士たちは祖国を想い、喜び、笑い、涙する。その中には、仲間に戸板に乗せて運ばれて来て、明日をも知れない容態の人もいた。
ジャングルに潜む部隊を交替で呼んでは公演を続けており、南方では見られない雪の降る場面では、故国を思い出した人たちから喝采とどよめきが起きる。しかし、ある日、満員の客席からは何の反応もない。観客は東北から集められた人々で、紙で作った雪の破片を握り締め、涙を流していた…。
何度読み返したか判らない、ボロボロになった文庫本が今も書棚にある。今でも何年に一度か読み返し、そのたびに号泣してしまう。戦争を知らない世代の私が、こうしたことどもをどうやって次の世代に伝えるのか、大きく重い荷物を背負って行かなければいけないのだ、という実感が、年を重ねるにつれて深まるばかりだ。