「私が選んだ100本」【はじめに】2017.04.03
自分で意識的に芝居を観始めてから、一体合計で何本の芝居を観たのか、正確なところは判らない。たった一回で熱烈な印象を残して去った芝居、観たことさえ忘れてしまった芝居、何度観ても結末は同じだと知りつつ、何回となく観ている芝居、もう一度観たくとも上演されない芝居。
40数年の観劇歴の中で、その時々に観た芝居は私に大きな影響を与えた。その本数は日々増える一方で、一生「棚ざらえ」をすることはできないだろう。本来であれば、自分がどんな芝居を観て芝居に育てられて来たのかをきちんと検証するべきなのだが、時遅し、の感がある。そこで、完全な形は無理でも、この辺りで一度、役者ではなく「作品」に、批評家として触れてみよう、と思い立った。
作品のジャンルを問わず、頭に浮かぶままに作品を100本選び、書くことにした。歌舞伎、新派、新国劇、翻訳劇、ミュージカル、小劇場、さまざまな場所で上演された芝居だ。基本的な姿勢として、同じ作者の作品は一本しか取り上げない。ここは苦肉の選択で、一人で何本も取り上げたい作家がいる。また、困るのは歌舞伎の作品だ。作者がはっきりしない物、数人の作者による合作、原作を改作した作品の扱いなど悩みどころが一杯だ。そんな事情で、歌舞伎だけはいささか枠を広げようと考えている。
読者の皆さんの中には馴染みの薄い作品もあるかもしれないが、昭和から平成にかけて、日本で上演された数えきれない芝居の歴史の断面の一つ、とご理解いただければ幸いである。
4月10日(月)を第一回とし、毎週月曜日に更新の予定で、順当に行けば約二年近くで終わる計算になる。途中で挫折しないことを祈るのみで、まだ100本目に何を取り上げるかを決めていないが、思い立ったが吉日の例えもあり、とにかく連載を始めることにしようと思う。
しばらくお付き合いのほどをお願いいたします。