アメリカの劇作家、アルフレッド・ウーリーの作で、1987年にはアメリカで最も権威ある文学賞のピューリッツァー賞を受賞、1989年にはジェシカ・ダンディとモーガン・フリーマンの出演で製作された映画化され、アカデミー賞を受賞した作品だ。

 アメリカ・アトランタを舞台に1948年から73年までの25年間を描いた作品で、当時のアメリカにまだ色濃く残っていた「人種差別」の問題が、プライドの高い未亡人・デイジーと黒人の運転手・ホークのやり取りを通して描かれているが、単に「差別反対」のメッセージだけではなく、何ともロマンティックな物語だ。

 日本での舞台は、「劇団民藝」の奈良岡朋子と「無名塾」の仲代達矢が両劇団を代表するコンビとして顔を合わせ、三人の登場人物のもう一人、デイジーの息子は民藝の俳優が交互に演じ、2005年から2009年までをかけて、日本各地を巡演し、話題になった。東京で観た舞台が素晴らしかったために、巡演にも出かけたほどの鮮烈な印象を与えた。

 この舞台では、デイジーは72歳から97歳、 ホークは60歳から85歳までを演じる。スタートからして若いとは言えない年齢だが、その後の「老い」を二人の名優が工夫を凝らして見せた様子は、「さすが」としか言いようのないもので、特に90代を演じる奈良岡の細かな工夫には感心した。 最初は字が読めず、無神経なところもあるホークに苛立つデイジーだが、やがてその天衣無縫な明るさと、細かな気遣いにより、掛けがえのない存在となる。地図が読めないホークに変わり、あれこれと口うるさく指図をしながら墓参への珍道中を広げる二人の様子はおかしいが、笑っているだけではすまない部分もある。

 デイジーはユダヤ人、ホークは黒人というだけで、すでに差別の対象であり、加えてデイジーとホークの間には、雇用主と労働者という厳然とした壁がある。その中で、時に小競り合いを繰り返しながら二人は歳月を重ねる。やがて、高齢のため身体の自由が利かなくなり、老人ホームで過ごすようになったデイジーのもとを、80歳を過ぎたホークが見舞いに訪れ、ケーキを食べさせるシーンで幕が降りる。私は、劇評で「この場面は二人の静かなラブシーンでだ」と書いた記憶がある。もはや「主従関係」やその他の問題を乗り超えた「人間同士」として、二人にとって互いがいかに大切な存在であるかを感じさせる上に、「愛おしさ」を感じさせる舞台だった。

 恐らく、この二人には舞台には見えていない生活や感情の揺らぎ、深い哀しみや怒りがあったはずだ。そうした物を乗り超えて歳を重ねることが「よく生きる」ことなのだと、当時の私に教えてくれるような舞台だった。超高齢化や少子化は日本の未来を左右するほどの大きな問題である。しかし、それだけではなく、今の日本人はかつてよりも少し「優しさ」を失ってしまい、前を見つめて不安におののく事が多いのではなかろうか。何事も、求め始めれば人間の欲は限りない。一方で、生きられる時間は限られている。そこに数十年の差があったとしても、「歴史」の観点から眺めれば「点」にしか過ぎない。

 何かに直面した時、あるいは自分の力ではどうにもならない環境に置かれた時に、考え方を変えることも人生の知恵なのではないだろうか。この舞台は観客に示唆していた事柄は人生をいかに生きるか、という大きな問題のような気がする。