2月25日の早暁、左とん平さんの訃報が入った。80歳だった。かねてから心臓の病気で療養中と聞いてはいたが、「痛恨」「無念」の気持ちである。 続きを読む
2月25日の早暁、左とん平さんの訃報が入った。80歳だった。かねてから心臓の病気で療養中と聞いてはいたが、「痛恨」「無念」の気持ちである。 続きを読む
『三文オペラ』、『ガリレイの生涯』、『コーカサスの白墨の輪』などの代表作を持つブレヒト(1898~1956)はドイツの劇作家だ。日本では俳優・演出家として大きな功績を遺した千田是也によって、俳優座が取り上げて来たケースが多いが、昨年の秋、石川県の能登演劇堂で無名塾の仲代達矢が約30年ぶりに演じ、3月末からは東京・世田谷のパブリックシアターでも上演されるという。 続きを読む
井上ひさし(1934~2010)が、昭和の演劇に多くの優れた作品を遺したことは論を俟たない。問題は、多くの戯曲の中から何を選ぶか、だが、私は一人芝居の秀作である『化粧』を書きたい。大衆演劇の女座長が、うらぶれた芝居小屋の楽屋で、観客には見えない劇団員やテレビの取材などと話しているうちに、自分の人生と演じている芝居との境目がなくなってしまい…、という話だ。 続きを読む
「平家物語」の中でも人気が高い源氏方の武将・熊谷直実と平家の公達・平敦盛の件を中心にした部分が、上演頻度の高い人気演目となっている。歌舞伎でよく上演されるのは、この二人の闘いを描いた『陣門』『組打』、それに続く『熊谷陣屋』で、どちらも義太夫を使った「時代物」とされている。 続きを読む
現行の歌舞伎のレパートリーの人気演目で、市川猿之助家・澤瀉屋(おもだかや)の当たり芸となっている。劇作家・木村錦花の妻で同じく劇作家の木村富子(1890~1954)が、従兄に当たる二世市川猿之助(1888~1963)のために書いた作品だ。 続きを読む
コメディの作家として、アメリカのニール・サイモン、イギリスのアラン・エイクボーンと並び称されるほど有名で、かつ人気のある作家だ。1939年の生まれというから、今年79歳を迎えることになる。 続きを読む
長いタイトルの芝居だが、一見すると、どういう内容の芝居か分からない。この芝居の作者、トム・ストッパードは、1937年にチェコスロバキアに生まれ、英国へ移住、1964年に15分の寸劇を元にしたものは、今回取り上げる作品だ。
では、この「ローゼンクランツ」と「ギルデンスターン」とは一体、どこの何者なのだろうか。シェイクスピアの『ハムレット』に出て来るハムレットの幼馴染の友人なのだが、幕切れ近くに、その理由を説明されることもなく、あっさりと「死んだ」と片付けられてしまう端役で、「割に合わない」二人なのだ。作者は、この不当な扱いを受けた二人の男を主人公にし、本編の『ハムレット』の主人公であるハムレットを脇役にする、という、オリジナルの裏を行く作品を書いた。それが、この芝居である。
凸凹コンビとも言える二人は、知らぬ間にデンマークからイングランド王に当てた「ハムレットを殺せ」という密書をすり替えられ、自覚のないままに「スパイ」になっているが、自分たちが何をしに来て、何をすべきなのかを理解しないままに劇は進行する。殺されるべきハムレットは脇役ながら、二人が運ぼうとしている密書をすり替え、内容は「ハムレットを殺せ」から「この書状を持参した者を殺せ」となっている…。
現代演劇の中に、ベケットの『ゴドーを待ちながら』やイヨネスコの『授業』に代表される「不条理演劇」という作品群があるが、この一作もその中に入れられるべき作品である。作者は他にも『アルカディア』、『コースト・オブ・ユートピア』など、日本でも上演されている作品があるが、中でも最も上演回数が多いものだろう。
この作品が発表された1960年代は、「不条理演劇」が流行した時代でもあった。「不条理演劇」とは何か。この短い文章での定義は難しいが、一言にするなら「理屈の付かないもの」とでも言えば良いだろうか。この芝居で言えば、主人公の二人は自分たちが「どこへ」「何を」しようとしに行くのかを知らないで行動をしている。単純にその不可解ぶりが面白い、というのではなく、その「わからない」ことに意味がある芝居だ。その「意味」を追求することにあまり意味はない、というのが私見だ。追求したところで、元から辻褄が合っていないからだ。
2017年秋、この不可思議な芝居を、世田谷パブリック・シアターで生田斗真と菅田将暉のコンビが絶妙の掛け合いで見せた。どの分野でも役者には「旬」があり、その年代の「花」がある。若手が全力を尽くして名作にぶつかる姿もまた楽しからずや、である。
昨今、「芝居の台詞」になっておらず、日常会話で紡いだけの芝居を観ることがある。そこに格別の意図があればともかくも、芝居の台詞はやはり「台詞のことば」でなくてはならない、と考えている。作者の仕掛けた罠や世界に観客がはまり込み、それは何だったのか、と考えるのも芝居の楽しみだ。現代人は歯応えの良い柔らかい食べ物を好む、と言われるがそれはこと「演劇」に関しても同様だ。「入場料を払ってまで、なぜ難しい想いをしなくてはならないのだ」と言われてしまうとそれまでだが、読書人口が減っていることと、無関係ではないような気がする。これも、芸能が時代と共に変容する宿命の結果の一つだろうか。
宮城県・伊達藩のお家騒動を描いた作品で、「仙台」の音が読み込まれている。伊達綱宗公が最高級の香木・伽羅(きゃら)で造らせた下駄を履いて遊廓へ出かけたというエピソードから、「伽羅」と書いて「めいぼく」と読ませるのも気が利いた洒落である。 続きを読む
今年3月の日生劇場で幕を開ける市村正親の人気ミュージカル『ラ・カージュ・オ・フォール』。相手役のジョルジュが鹿賀丈史に変わって10年目になる。過去に「ファイナル」と銘打って上演したが、評判の高さにその看板が下ろされ、上演が続いている。まだまだ何度でも演じることが可能な作品だろう。 続きを読む
明治維新という激動を経た先人たちが、最も早くに馴染んだ海外の演劇はシェイクスピア、そしてノルウェーのイプセン(1828~1906)のではなかろうか。特に、近代演劇の父とも呼ばれるイプセンの作品は、「女性の自立」をテーマにした『人形の家』のノラが時代を象徴する新しい女性のモデルとなったばかりではなく、今もなお、シェイクスピアとイプセンの作品は世界で最も多く上演されている、とも言われている。
日本で1906年に坪内逍遥らを中心に結成された「文芸協会」を日本の新劇の嚆矢と考えるなら、それはイプセンからとも言える。ただ、『人形の家』については、あまりに多くが語られていることもあり、ここでは三幕の家庭劇『幽霊』(1881年)を取り上げることにしたい。『人形の家』の2年後に発表されたこの作品、不気味なタイトルだが、この「幽霊」は「呪縛」を意味し、過去の姿に囚われて生きる人々の姿を描いている。
どこの国にもある「因襲」や「家名」に縛られ、陸軍大尉だった亡き夫・アルヴィングの名を守るために多くの慈善活動に時間と金銭を費やしてきたアルヴィング夫人には、溺愛する一人息子のオスヴァルがいる。久しぶりに帰って来たものの、何ら生産的な活動をするわけではなく、召使のレギーネに色目を使っているような調子だ。この家に出入りする指物師のエングストランと、牧師のマンデルス。登場人物はこの5人だけで、三幕の場面はすべてノルウェーにあるアルヴィング夫人の屋敷の一室で展開される。
慈善事業のために、夫の名を冠した孤児院を建設しようとし、その完成間近に、孤児院は火事で全焼する。その焼け跡から現われた亡霊のように、今まで隠されていた家庭内の秘密や複雑な人間関係が露わになってゆく…。いかにも、鈍色の空が重く垂れ込め、厳しい気候の中で暮らさねばならない人々の芝居、という感覚だ。
日本では劇団俳優座が創立まもなくからレパートリーの一つとして繰り返し上演してきたが、日本での上演回数はそう多くはない。私も、文京区・千石にあった「三百人劇場」の劇団昴(すばる)と俳優座の舞台ぐらいしか記憶にない。それにも関わらずこの作品を取り上げたのは、古代アリストテレスに端を発し、フランスの古典演劇が鉄則とした「作劇術の骨法」を見事に踏まえたものだからだ。それは「三一致」と呼ばれ、同一の場所で、時間の経過が一日のうちに、ある一つの筋が展開される、というものだ。この『幽霊』は、「三一致」の上にドラマが構築されている。
日本の古典歌舞伎には全体を貫くテーマである「世界」と、それを彩るエピソードとも言うべき「趣向」の中で物語を紡ぐ。国による違いはあれ、劇作家は、それぞれのルールに従い、自分の説や思想を展開し、それを「劇的に」見せることに腐心する。今は、「何でもあり」の世の中になった。演劇を囲む現実世界がすでにその状態に置かれている中、いくつもの制約の中で虚構が現実を凌駕することが不可能になりつつある。昔の人々の方が穏やかに暮らしていた、と一言で片づけるつもりはない。むしろ、思想や信仰、道徳、誇りなど、目に見えないものの制約が多かったのではないだろうか。
自由な時代だからこそ、観客の想像も無限に広がる。その中で古典劇を古臭く見せないためには、演出と役者の手腕が物を言うのだ。それには登場人物を活かすことだろう。
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