【第十八夜】「劇場の幕が開くまで」(2020.09.28)
中村 いつも僕が喋ってばかりなので、たまには聞き手に回りたいと思います。何となく知っているようで知らないのが、どんなプロセスやスケジュールを経て、一本の舞台の幕が開くのか、ということ。作品や公演の規模により千差万別でしょうが、演じる側の現場に立つ俳優の佐藤君から、その辺りを教えてもらえませんか。
佐藤 はい。確かに、おっしゃるように公演によってケース・バイ・ケースですね。僕にはできませんが、「歌舞伎」は、新作などの例外を除いては、三日ほどの稽古で幕が開けられると聞いて、びっくりしました。
中村 配役が変わっても、それこそ何百回となく繰り返し上演して来ているからね。君が経験した舞台は、どんな流れで幕が開くんでしょうか。
佐藤 まず、プロデューサーから声を掛けていただいたり、オーディションで役をもらって、作品の中で自分がどんな役を演じるのかが決まります。これも、ケースはいろいろですが、二か月から三か月前、もっと早いものでは半年以上前の事もあります。
その後で、すべての配役が決まり、「稽古」が始まります。
中村 稽古の仕方もさまざまだろうけれど、一般的にはどんな形で進むの?
佐藤 稽古場を借りて、メンバー全員が集まって、プロデューサーからこの作品を今、上演する意義や目的が話されます。それから、演出家、音響、照明、衣裳などのスタッフさんやキャストの自己紹介があり、最初は「本読み」ですね。
中村 「本読み」とは?
佐藤 ほとんどの芝居には動きがありますが、まだ最初なので、テーブルに座ったまま台本を読んで行き、作品全体の雰囲気や、他の役者さんの台詞の「間」や「イキ」を確認します。これを数回繰り返して、実際に動きながらの「立ち稽古」に入ります。
中村 どの段階で台本を手放すんだろう。
佐藤 人によって違いますが、立ち稽古までに台本を手放すのが標準のような感じがします。「本読み」で得た感覚で、自分の役づくりをし、台本の台詞を頭に入れて、立ち稽古で台本を持たずに芝居ができるようにしておかないと、僕は気持ちが悪いですね。
中村 作品や役、台詞の量にもよるけれど、「台詞」を覚えるというのは並大抵の苦労ではないと思うけれど、君はどうやって覚えるの? 何か「コツ」みたいなものがあるとか。
佐藤 僕は不器用なので、ただひたすら台本を読み込み、物語を頭に入れて、その中で自分の役が何を果たすべき存在として書かれているのかを考えます。
中村 役によるのかも知れないけれど、覚えやすいケースやその逆もあるでしょう。
佐藤 そうですね。いくらやってもなかなか入らない時もあれば、意外にすんなり覚えられる場合もあります。
中村 どこに違いがあるんだろう?
佐藤 さぁ、どうなんでしょうか。一概には言えませんが、「役の心持」に共鳴できて、台詞が自分の中に入り、その感情が自分のお腹の中に落ちると比較的覚えやすいような気がします。
中村 その上で、稽古を重ねて「役になる」ということなのかな。稽古場では、いろいろな部分で演出家が「ダメ出し」をするわけだけど、これは大変でしょう。
佐藤 はい。毎回、自分の「出来なさ」を思い知らされます。演出家の方々の個性で、アクセント一つ、台詞一つに何十分もかかることもあり、その間、待ってくださっている他の皆さんのことを考えると、何とも言えない苦しさを感じます。
中村 この「立ち稽古」は、どんな格好でするの?
佐藤 作品にもよりますが、僕は「和物」の芝居が多いので、大体は浴衣ですね。
中村 なるほど。稽古期間も限られているから、演出家、俳優陣それぞれが「完璧」というところまではなかなか行けないんだろうね。
佐藤 そうですね。全体のバランスもありますし。また、稽古回数も、多ければ多いほど役者の身としてはありがたいのですが、多ければいいかと言うとそうでもないんです。稽古場に慣れ過ぎてしまう、と言うのか、本番までの緊張感や、本番へ向けて自分のモチベーションをトップに調整する問題もありますし。
中村 なるほど。また、稽古と言っても一人ではできない部分も多いでしょうからね。それで、初日がだんだん近づいてくるわけだ。
佐藤 はい。その間に、音響や照明、効果など他のスタッフの方々の仕事も進み、これはケース・バイ・ケースなんですが稽古場で、あるいは初日の何日か前から劇場へ入って、そういうものが具体的になると、感覚もがぜんリアルになりますね。
中村 お客さんが入っていないとは言え、客席もあるしね。
佐藤 そうなんです。「あぁ、僕はここの舞台で芝居をするんだ。こういう空間で、これだけ客席があって」とどんどんイメージが膨らみます。
中村 それは初日の何日前ぐらいなの?
佐藤 作品にもよりますが、大体本番の2日前か3日前ですね。劇場へ入って、我々も本番通りの衣裳、メイク、音響や照明も本番通りにして通して稽古をします。
中村 それはもう初日の前日辺り、我々の言葉では「舞台稽古」とか「ゲネプロ」という言い方をするやつだね。
佐藤 そうです。大体、初日の前の日の場合が多いですね。初日が夜の回から始まる場合は昼間にやることもあります。
中村 そういう時はどんな気持ちで臨むの?
佐藤 う~ん。不安、緊張、少しの期待、でしょうか。
中村 どのぐらいの割合だろう?
佐藤 そりゃあ、不安や緊張の方が圧倒的に多いですよ。これは、何百回稽古しても同じなんだと思います。
中村 ここまでで、約2か月かかるんだ。
佐藤 そうですね。
中村 場合によっては、「見えていない」仕事をしている時間の方が長い場合も多いでしょう。
佐藤 はい。でも、僕は舞台がなくても、毎日何かの形で芝居に関わっていないと不安になっちゃうんですよね。芝居へ行くとか、台本を読む、家にある舞台のDVDを観る、とか。後は、いつかやってみたい芝居の台詞を小さな声で練習する、とか。
中村 よほど芝居が好きなんだね。また、そういう人でなければこの仕事は続かないでしょうね。僕の知り合いの俳優さんも、みんな同じですよ。それでも「ゴール」がない仕事だから。これは、僕のような物を書く仕事でも同じだけれど。
佐藤 そうなんですか。よく先輩たちが「寝る時間を削って芝居の勉強をする」っておっしゃいますが、やはりそうなんですね。
中村 「勉強」というよりも、「芝居」以外のことは考えられないんじゃないかな。そのぐらいでないと、俳優として一流、というところへは行けないんだろうね。
佐藤 一流になれるかどうかは別に、「芝居以外のことは考えられない」感覚は凄くよく分かります。
中村 じゃあ、一流になれる可能性があるかもしれないね(笑)。
佐藤 「今日は聞き手に」って言いながら、先生、ひどいですよ!
中村 どうもすみませんでした。どうか、日々の努力が実るように祈っています。では、また来週。
(了)