本格時代劇の楽しみ『薄桜記』

 間もなく国立劇場小劇場で幕を開ける劇団前進座の『薄桜記』。五味康祐の原作を舞台化したもので、嵐芳三郎が主役の丹下典膳に挑んでいる。2月の大阪で初演の幕を開け、9月の名古屋公演を経て東京での初上演だ。その意気込みを、本拠地の吉祥寺・前進座で聴いた。

中村 本格的な時代劇ですね。
嵐  そうなんです。五味康祐先生の原作で、以前、勝新太郎さんと市川雷蔵さんで映画化され、2012年にNHKで山本耕史さんでドラマ化されました。その時に、「これは前進座に合う作品なのでは…」と、脚本をジェームス三木先生にお願いしたんです。
中村 ジェームス三木さんの作品は劇団では初めてではないですよね。
嵐  はい。『煙が目にしみる』とう作品依頼、今度で四作目になります。ジェームス三木先生に舞台化をお願いしたところ、「最近の時代劇はレベルが低くなって来ているが、前進座ならキチンとしてくれるだろう」とご快諾いただき、演出も引き受けてくださいました。
中村 芳三郎さん、長い付き合いなんだし、堅苦しい言い方はよしましょうよ(笑)。

確かに、台本を読ませてもらって、久しぶりにキチンとした「時代劇」の脚本を読んだ気がした。骨格も太いし、何よりも無駄な科白や、どうでもいい場面がない。
嵐  そうなんですよ。僕なんかは、役者の心理として、脚本を頂いた時に、自分なりに役を作り込んで稽古場へ臨んだけれど、ジェームス先生に「感情過多だよ。もっと抑えた芝居にして」とアドバイスを頂きました。
中村 確かに、役の心理としては非常に複雑だし。妻を寝取られ、しかし、妻を愛するがゆえに離縁する。それを、勘違いした義理の兄に腕を切り落とされて、という、主役なのに不条理な事ばっかり(笑)。
嵐  そうでしょう!でも、丹下典膳はこれほど辛い想いをしているのに、人や世間に対して怨みつらみを言うわけでもなく、それを受け入れて恬淡と生きているんですよ。こういう生き方は、絶対に僕にはできない(笑)。ただ、江戸時代のある時期においては、これが本当の「武士道」の侍の生き方なんだ、と思うようにして、感情を押さえて心理的な側面を見せるように努力しました。
中村 歌舞伎でよく言う、「肚の芝居」を要求されているんでしょうね。表面の動きではなく、心理的な心の揺れ動きを、大袈裟ではなくどう観客に伝えるか。高等なテクニックが必要。
嵐  新作は、お客さんの反応が全く予想できない怖さがあるでしょ。でも、2月に大阪の国立文楽劇場で幕を開けた時は、お客さんの反応がすごくて、その勢いに助けられ、背中を押された感じでしたね。ジェームス先生の狙ったツボに、お客さんがとても敏感に反応してくださいました。これは嬉しかったです。

中村 「嬉しい」と言えば、中村梅之助、嵐圭史、藤川矢之輔といった先輩たちが脇で芝居を支えてくれているのも、励みになるでしょう。
嵐  とてもありがたいことです。先輩たちが一同に介する場面もあるし。
中村 毎回、先輩たちが厳しくも温かい目で芳三郎さんの出来をチェックしてるわけだ(笑)。でも、そういうところが劇団制の強みでもあり、有り難いところでしょう。
嵐  本当に。もう一つは、今までもいろいろな役をやらせていただきました。多くは「挑戦」だったり、自分がどう演じるべきかの「苦悩」だったり。今回は、丹下典膳という役に惚れ込める、というのが何より嬉しい。
中村 そういう役を一つでも持てる、というのは「役者の幸福」だと思うな。来年、50歳を迎えるに当たり、またとないプレゼント。
嵐  とても素敵なプレゼントです。この芝居は、再演、三演と繰り返して上演できるだけの力を持った作品だと感じていますので、いずれ、全国の皆さんにご覧いただけるように、少しでも役に近づきたいと思います。

中村 前進座の80年を超える歴史の中で、お祖父さんの先代国太郎や中村翫右衛門、いわゆる第一世代の功績は「前進座」という劇団を創ったこと。お父さんや叔父さんの先代芳三郎、嵐圭史さんたち第二世代は、鶴屋南北の『解脱衣楓累』(げだつのきぬもみじがさね)を復活上演したこと。当代の国太郎さん、芳三郎さんたち第三世代の仕事は、こうした「キチンとした時代劇」を創ることかな。
嵐  大きな宿題ですね。でも、その通りだと思いますし、胸を張って、「これが僕たちの世代の仕事です」と言える作品にしたいですね。でも、初日に中村さんからどんな「ダメ出し」が出るかと思うと…。
中村 別にいじめに行くわけじゃないんだから(笑)。楽しみに、初日を待ってますね。
嵐  よろしくお願いいたします。
中村 秋の日は釣瓶落としと言うけれど、もう夕方だ。では、公演の成功を祈って、一杯行きましょうか。
嵐  はい。あっ、その前に。皆さん、劇場でお待ちしてます!
中村 宣伝がうまいね。

 昨年、吉祥寺の地で長年親しまれた「前進座劇場」を手放すなど、厳しい状態に置か
れている前進座。しかし、その中でもこうして真摯に芝居づくりに挑む姿勢が嬉しい。失礼な
言い方をすれば、「愛すべき役者馬鹿」だ。だからこそ、彼らがこれからどういう芝居を創ろう
としているのか。同世代だけに、気にもなる。結果は幕が開いてから。